善光寺

日本最古の仏像を祀る全国屈指の古刹

善光寺は、長野市にある無宗派の寺院です。山内にある天台宗の「大勧進」と浄土宗の「大本願」(尼寺)の住職が善光寺の住職を兼ねて護持しています。
「善光寺縁起」によると、本尊の一光三尊阿弥陀如来は、インドから朝鮮半島百済を経て、552年に仏教伝来と同時に日本に渡ってきた日本最古の仏像とされています。この仏像は、崇仏・廃仏論争における廃仏派の物部氏により廃棄されましたが、本田善光に拾われ信濃の飯田で祀られました。その後、642年、現在地に遷され、644年に堂宇が築かれ、本田善光の名を取って「善光寺」とされたのが始まりといいます。
本尊は戦国時代になると、めまぐるしく場所を移されることとなります。武田信玄は戦災から守るため善光寺を甲府に移しました。武田軍が織田・徳川連に敗れると、本尊は織田家、徳川家の手に渡り、その後、豊臣秀吉が京都・方広寺の本尊として遷座しました。1598年に秀吉が病に伏すと善光寺如来の祟りとされ善光寺に戻されることとなりました。
現在本尊は、絶対秘仏とされ本堂「瑠璃壇」厨子内に安置され、寺の住職ですら目にすることはできないとされています。七年に一度(実際には6年に1度の丑年と未年)の御開帳には、絶対秘仏の本尊の分身として前立本尊の金銅阿弥陀如来及両脇侍立像が公開されています。
本堂(金堂)は、1707年に再建された建物で、国宝に指定されています。檜皮葺、T字型の撞木造りの屋根が特徴です。「戒壇巡り」では、床下の暗闇の通路を経て、本尊の阿弥陀如来が安置されている「瑠璃壇」の真下にあるとされる「極楽浄土への錠前」に触れることができます。
三門(山門)は、1750年に建造された2階建で、重要文化財に指定されています。2階内部には、四国八十八箇所各寺院本尊の分身仏や文殊菩薩像と四方を守護する四天王像が安置され、色鮮やかに修復された仏間の障壁画が描かれています。
経蔵は、1759年に建造され、こちらも重要文化財に指定されています。宝形造りの堂内中央の八角輪蔵には「一切経」が収められ輪蔵の腕木を押して回転させることにより全て読んだのと同じご利益があるといわれています。
釈迦堂の内部には、鎌倉時代の作とされる釈迦涅槃像(重文)が安置されています。戦国時代には善光寺の本尊などと共に全国を流転した仏像です。

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